日本語教育能力検定試験の歴史 - 日本語教育能力検定試験の難易度

日本語教育能力検定試験の歴史

日本語教育能力検定試験は日本語教育の、基礎的な知識を測ることに重点が置かれています。
ですが出題範囲は広く社会・文化・地域、言語と社会、言語と心理、言語と教育、言語一般の5区分から出題されています。

日本語教育能力の検定について知りたいならこのサイトです。

日本語教育能力検定試験がスタートする80年代後半は日本語教育界はかなり大きな転換期を迎えており、この試験もそういった土壌の中で生まれてきました。
この時期日本の好景気を背景に主にアジア諸国からの留学生、就学生など日本語学習者が増加し同時に、日本語教育機関が雨後の竹の子状態で新設されました。

数々の日本語学校の中には、入学許可証を乱発し不法就労者の隠れ蓑になったり、授業料だけ取ってろくに授業を行わない悪質な日本語学校と称する機関も増加し、頻繁に新聞紙上を賑わしました。

そこで90年に法務省が規制に乗り出し、悪質なケースには就労ピザを発行しないという方針を打ち出しました。



この少し前に文部省では、主に就学生を対象に日本語教育を実施する機関としての基準(日本語教育施設の運営に関する基準)を発表しました。



その中の日本語教育施設の教員という項目でうたわれているものに、この日本語教育能力検定試験に合格した者と掲げられていることにより、途端に日本語教育機関ではすでに日本語教師として勤務している人には受験を促し、新規に採用する日本語教師は書類選考の段階で検定に合格しているかどうかを確認する傾向が高まってきました。この頃はとにかく検定に合格することが、日本語教師の出発点とばかりの勢いでした。